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「ねぇ、蒼」
彼はそう呟いて泣いた。彼のなめらかな頬を伝って、涙はぽとりと床に落ちる。俺は何もできずにただ、泣いている彼を眺めているだけだった。
「ぼくのおかあさんとおとうさんね、いないんだ」
彼は苦しそうに俯いて、また涙をぽろぽろとこぼす。水晶みたいだと思った。舐めたらきっと塩辛くて不味いだろう。
「ぼくが赤ちゃんの時に、ふたりとも、死んじゃってね。それからは、おばあちゃんが育ててくれたんだけど」
俺よりも小さい彼の身体は、簡素なスーツに包まれていた。黒いスーツ。黒い靴。全身黒づくめの彼は体を震わせて、ぐすっと鼻をすする。
「でも、おばあちゃんも、いなくなっちゃった」
彼の背後から見えるステンドガラスは、いつもよりもずうっと神々しかった。腹立たしいほどに。
「ねぇ、どうしよう」
俺は彼の涙を指で拭う。慰めの言葉はかけられなかった。父親も母親もいる俺が、可哀想な彼になにかを言える権利なんてない。
「蒼、あおい、は、ぼくのこと、おいていかないで」
彼の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。俺は、彼の言葉に返事をすることができず、ただ黙っていた。かわいそうな彼。彼に優しい言葉もかけてあげられない情けない俺。
「おねがい、おねがい。やくそく、だよ」
どこか遠くで、鐘が鳴ったような気がする。彼は泣き止まない。
*
これで最後です。本当の本当にさようなら。いつか、どこかで会えるといいですね。 |
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