ひょうし/小説を書こう
自傷と蛸壺
作:湊/中学1年 女子




リタリンちゃん、また切ったのね。
甘ったるい声が響く。耳にへばり付いて取れないその声は僕の体をじわじわと蝕んでいくようだ。

リストカットをする度に、彼は僕にお説教をする。
「リタリンちゃん、自傷はもうしないって言ったでしょ」
男の癖に女言葉を使う彼は、いつものように女言葉で呆れる。お節介焼きな年増みたいで、楽しいほどに虫唾が走る。舌打ちを一つ打った。
「僕だって我慢しようとしたんだよ。でも、ついイライラして」
路上に唾を吐くのと同じだ。冷たいタイルに言葉を吐き捨てる。大体彼は何なんだ。僕のお母さんか?違うだろ。こんなに僕なんかに気を掛けなくてもいいはずなのに。つまらないリストカットなんかに応えてくれなくていいのに。
「イライラしたからって手首切る馬鹿、どこにいるの!いないでしょう!」
彼がいきなり声を張り上げた。ヒステリックな声が飛び散る。ちくしょう、うるさい。最初の方の甘ったるい声はどこに行ったんだか。
「皆切ってるよ。サルビアは切らないの?生き遅れてるねぇ」

道化のようにおどけた口調で煽る。彼は一回怒りを沸点に到達させた方がいいのだ。中途半端な怒りだとずっと不平不満を言い続けるから。
みるみる、彼の顔が赤く染まっていく。赤く染まる、なんて言ってもリンゴのようになんて可愛い表現じゃあない。茹でダコだ。あつあつのお湯に沈められて火傷する程に熱くなっているタコだ。これから食されるタコだ。
そう思うと、なんだか可笑しくなってきた。彼は今にも破裂しそうなぐらいに顔を赤くしている。
「……………っ!あんたなんかもう知らないんだから!勝手に死ねばいいのよ!」
茹でダコが声を荒げてドアノブを掴む。それからいくらかの罵倒を受け、彼はドアを乱暴に閉めて出て行った。大袈裟な足音。
(茹でダコが破裂した)
くふ、と喉の奥から潰れるような笑いが漏れる。手首の傷口から血が漏れ出す。白い肌に滲む血液はまるでホイップクリームに埋まるイチゴピューレ。赤が僕の腕から雫になってタイルに跳ねていった。











「……それで、サルビアが口を聞いてくれなくなったって?」
自傷なんかするからだよ、友人は呟いた。友人は馬鹿で鈍感だ。でも、僕が困った時には的確なアドバイスをくれる。いい人なのだ。本当に。
「まぁ、リスカしなければ怒らないよね。僕としては彼がずっと口を聞いてくれなくたっていいんだけども」
コーヒーに口をつける。心地よい苦味が舌先に染み込んでいく。友人は首を傾げてクッキーをひとつ手に取った。ぺり、小さく音を立てて包み紙が剥かれる。
「それは、どうして?僕なら早く話したいなって思うけど」
チョコレートクッキー。軽やかな音を立てて友人の口の中で咀嚼されている。友人の指が今度はレーズンクッキーに向いた。響く咀嚼音。
「だって、好きの反対は無関心って言うだろう」

コーヒーカップを愛おしそうに指先で撫でる。女体のように滑らかな曲線。僕の目玉にはカップすらも愛らしく映るのだ。零した砂糖の雨がコーヒーに降り注ぐ。
「サルビアが僕に何かしらの感情を持ってくれればいいんだよ」
増えていく腕の傷がサルビアの心に捻じ込まれるのだ。彼は僕の事を不気味に思うだろう。僕の事を嫌いにもなるだろう。こんな嬉しい事はない。友人の琥珀色の瞳が三日月の形を描く。唇が吊り上がる。友人は笑みを貼り付けながら砂糖コーヒーを飲み干した。
「歪んでるねえ」
あは、乾いた笑いが口から漏れる。ラリマーの髪が風に乗って揺れた。淡いソーダブルー。
「サルビアを蛸壺に閉じ込めちゃえばいいのに」
暗くて狭い所に閉じ込めれば一発だよ。友人が朗らかに笑う。そうか、蛸壺に閉じ込めておけばいいのかもしれない。やっぱり友人は頼りになるなあ。
「蛸壺ね。ありがとう、コカインのおかげでいい考えが浮かんだよ」
「いや、別に。サルビアが手に入るといいね」
友人は相変わらずテーブルの上の菓子をついばんでいる。
そんな友人を横目に、僕は剃刀を手に取った。

おなまえはハンドルネームでいいです。
ID
パスワード 
ハンドルネームの後に(本人)をつける つけない
 ログインすると、IDなどが自動的に入ります。
お名前 
男女 女の子  男の子
学年 1年生  2年生  3年生  4年生  5年生  6年生
ようちえん  中学1年  中学2年  中学3年  大人
かんそう