ひょうし/小説を書こう
春を嘆くか
作:藍和/中学1年 女子

__罪なのよ、汚れた醜悪な造形は。あの男のように醜く育っては駄目。アナタの綺麗なお顔に髭が生えるのも、駒鳥如くに婉然なお声が低く太く変わるのも。嫋やかなアナタの造形が醜く変貌を遂げてしまうことこそ、私が死より恐れるものよ。どうか__________
_______アナタだけは、美しいままでいてね。




 いつかの朝に目を醒まし静謐にただ身を委ねていたルイ・テオドールは雪白のシーツに顔を埋め、次の公演で幕間のソリストを任されたバラード『私を泣かせてください』の一節を口の中で転がしていた。

___"私の哀しみの鎖を断ち切ってください
    この苦悩がどうかうち壊されますように"

 捕らわれの身となった美しい娘アルミレーナを縛る鎖は、己の不運さであり、その美貌であった。ルイ・テオドールはふとした瞬間にアルミレーナと自分を重ねる。ルイ・テオドールを蝕む鎖は、美貌が如何に有限かという理論にある。自分は何時母を殺してしまうのだろうかと、毎朝姿見の前に立ちその首元に手を当てる。喉仏が出ていないか、髭が生えはじめていないか、身長は少しの許容できたとして、筋肉がつきすぎていないだろうか。そうした不安の一抹がルイ・テオドールの細い首を彼の知らぬ間にへし折っている。

 私がルイ・テオドールとの意思疎通を夢見た第一の理由としては、彼の端麗な容姿にある。あの小さな膝と肩のたわみ、或いは形の良いの肩胛骨(もとは翼が生えていたのだと思う。彼の嫋やかで線の細い輪郭を神格化しない人間など、もしやとして存在していないのではないだろうか)に何かしらのフェシズムを懐いてしまったのである。
 ともあれ、ルイ・テオドールについて語り始めるとどうも彼の魅力というのは不思議なもので、尽きない。すると話が進まないので、第二の理由に差し掛かろうかと思う。第二の理由には、私の人間性や性癖が含まれる。
 
___私は極度の少年偏愛を患っていたのだ。
 
 彼らの無知を湛えた瞳に残酷な闇が現れる瞬間を、無知ゆえの本能に身を委せる瞬間の妖艶さを、私は知っている。それらが私をおとしめているのだとすれば、甘んじてやろうとすら思える。

「おはよう、ルイ」

 私はようやく朝を迎えたルイ・テオドールに果糖水を渡してやると、四角ダイニングテーブルの右端を陣取る。ルイ・テオドールの特等席は窓際の、テーブルの左端なので、そのルーティンを邪魔してやると彼の機嫌は海溝の底まで落ちていく。拾い上げる間もないくらいのスピードで、だ。産まれた頃から朝が嫌いだというのでただでさえ不安定な少年の心はこの時間帯揺らぎやすい。____悪い方向には、特に。

「ご飯はいらないって、言ったよね?」

 ルイ・テオドールは卓上の小さなハンバーガー(中身はベーコンとレタスを卵の中でスクランブルにした)を一瞥すると私を見やり、明らかに綺麗な顔を歪めた。

「あぁ、言ったね。でも君に飯を食べてもらわないと困るのは私なんだ。なんとか腹に収めてくれよ」
「そうかもしれないけど、これから公演があるし、食べたら気分が悪くなる。だから、ぼくは、ぜったいに!」

 機嫌を悪くした小さなソリストは声を大きくしてダイニングテーブルを叩いた。ハンバーガーの奥でブラックコーヒーが波打つ。カチャ、と陶器が嫌な音を発てた。

「たべたくない!!!!」

 私はあまりの形相に物怖じし、しかしそれを悟られまいとため息を吐く。

「本当に食べないつもり?」
「……食べない」
「お腹空くでしょ?」
「…………すかない」
「嘘つけ。ルイ、君は人間だ。眠らなければ朝を拒むし、食べなかったらお腹が空く。ついでにいえば、今は成長期だ。ちゃんとものを食べないと、まあ、いくら大きくなりたくないからと言ったってね、もう二週間もブドウとヨーグルトと果糖水しか口にしていないじゃないか。君はこれから永遠にブドウとヨーグルトと果糖水しか受け入れないつもりかい?」
「だから……別に、大きくなりたくないとかじゃないから」

 私はブラックコーヒーを口に含むと、口論に負けて悔しそうに唇を噛む美少年の姿に注目する。寝間着姿で無用心な、たとえ今押し倒しても拒みはしないだろう。

「食べる?」
「たべない」
「………」

 子供というのは意固地だ。特にルイ・テオドールの場合は子供二割、大人八割の思考力だが、子供の方が、たとえば無邪気だの風の子だのといったものではなくて、意固地で悪魔的な向きに長けている。可愛らしい身勝手は天性である。ここで押しても退くわけがない。

「もう、いいよ。食べなくても」

 にこぉり、ルイ・テオドールは笑顔を貼り付ける。大きな目を細め、口元を上げ、私の耳元にその小さな口で囁くように言うのだ。「大好きだよ」と。

 私は彼におとしめられ、同時に生かされている。

 胸をつくその思考が鮮明なものとして感ぜられる頃に、私は春の戸張を思う。薄らの桃色が包み込む空気を脳に回すたび、ルイ・テオドールの匂いが私の身体を侵食する。


________美しきものこそ、この世の真なり。


 私の身勝手は、彼を苦しめているだろうか。

 
おなまえはハンドルネームでいいです。
ID
パスワード 
ハンドルネームの後に(本人)をつける つけない
 ログインすると、IDなどが自動的に入ります。
お名前 
男女 女の子  男の子
学年 1年生  2年生  3年生  4年生  5年生  6年生
ようちえん  中学1年  中学2年  中学3年  大人
かんそう