ひょうし/小説を書こう
宵闇、藍色牡丹。其の八
作:ひー/中学2年 女子


朦朧とした意識で、僕は今自分が置かれている状況を考えた。
暗い。狭い、部屋。木格子。出られない。
ここはどこだろう?ーー僕は、何故こんなところにいるんだろう?
「………ねぇ、ちょっと」
すると、木でできた簡素な壁の向こうから、見知った囁き声が聞こえた。
「……結?」
「うん」
僕は自分に起こったことすべてを察する。
急に知らない男たちが出てきて、結が連れていかれて、僕は殴られて、それで。
「なんで、結が僕と同じところにいるの」
掠れた声で尋ねた。
「さぁ……なんでだろうね? 私は、柚と一緒にいられて嬉しいけど」
くすりと笑いながら、結は囁く。その声があまりにもいつもと変わらないものだから、僕は拍子抜けしてしまった。
「……僕、殺されるのかな」
そう呟いたところで、がさがさと足音がして、「出ろ」と近くで声がした。僕は咄嗟に目を瞑る。
ーー殺されるのか。
前々から悟ってはいたことだけれども。
かちゃりと音がしてゆっくりと目を開けると、そこには手を引かれている結がいた。
「……結…っ…!?」
ほぼ無理矢理引っ張られているというような様子で、結はその手から逃げようと暴れている。しかし、やはり体格差というものがあって、男は結を抱え上げると、ついと僕のほうに冷ややかな目を向けた。
「……じきに、お前にも来てもらう。それまで大人しく待っているんだ。簡単に逃げられると思うな」
「……」
僕なんかは、殺されても構わない。でも。
ーーもし僕のせいで、結が殺されたら?
それを考えると、まだそうなるなんて決まっていないのに、ひどく大きな罪悪感に駆られて、呼吸が速まる。
「柚も連れてくの!!! 下ろして!!!!!」
「煩い」
結は未だもがいている。それでも、男の肩の向こうからこちらに手を伸ばした。ーーこの手を取れ、そう言っているのだというのは分かっている。
僕はそれを見て、俯いた。
ーー駄目。
僕には、あの手を取る資格はないのだ。取ってはいけない。ーー否、今までも、取ってはいけなかった。なのに僕は。
両手で顔を覆う。
静かな牢には、いや、離して、という結の声と男の足音だけが静かに、煩く響いていた。


******


しばらくすると、僕の前に先程と違う男が来た。
「……出るん、です、か」
僕は膝を抱えて座り、顔をその中に埋めて言った。小さな声だったから、男に実際に聞こえていたかどうかは分からない。
諦め、とでも言うのだろうか。死ぬのが嫌というより寧ろ、さっさと終わらせてくれ、というような気持ちのほうが大きかった。薄暗い牢よりもっと暗く、僕の心は鬱々とした靄に包まれている。
男はしばし動かずに、ずっと僕を見ていた。その視線が痛く刺さって、僕は更に身体を縮こめる。
どこで、間違ったのだろう。
僕が生きてきた短い人生で、一体どこが、僕の間違いだったのだろうか。
かちゃりと木格子の鍵が開けられ、男の手が伸びる。
「出て来い」
男は僕の腕を掴み、悠々と立ち上がらせた。
立ってみると、男が思っていたより上背のある人物だとわかる。彼は一度も目を逸らすことなく僕を見つめていて、僕はそんな風に見られたことはあまりなかったから、目を合わせないように俯いた。
「……俺の娘も、」
ふいに発せられたその言葉に驚いて、僕は思わず男を見上げる。彼はもう僕を見ておらず、なにか遠くを見つめるような表情で、明かりが漏れる戸口を見ていた。
「俺の娘も、お前と同じだった」
「…………ぇ?」
“お前と同じ"
その意味が掴めず、僕の頭は混乱する。
「……僕と、同じ、?」
男は自嘲気味に笑った。
「お前と、同じだ。髪は白く、瞳は赤かった。ーーもう、此岸(ここ)には居ないがな」
まさか。そんなことがあったとしたら、また。
「俺が、殺した」

“ 殺 し た " ?

「生まれたすぐ後に、俺がこの手で殺したんだよ」


******


そんな。
「……そんな、うそ、」
「嘘じゃない」
男は笑みを浮かべたまま、僕の腕を離す。
「……お前の母親は、きっと俺なんかより、ずっといい親だったのかもしれない」
自らの子供を手にかけるなんて。
「ひど、い、」
僕は両手で顔を覆う。ーー殺された娘も、同じ人間であるはずなのに。望まれない子供だったが故に、感情を、心を知る前に殺された。
「あぁ、非道いな、俺は。あの娘を残しておいたら、いずれにしろまともな生活は遅れていなかっただろう。お前の母親と同じだ」
男はそれをあっさりと肯定し、だが、と僕の前にしゃがみ込んで目線を合わせた。
「だが、………こんなのは只の自己満足に過ぎないが、……俺は、償いに、お前を逃がす」
「逃が、す、?」
「逃げろ」
意味が分からない。
もしこんなことをしたことが暴露てしまったら、この男は生きて家に帰ることはないだろう。その先に待っているのは、確実に死だ。
「なんでそんな、そんな禁忌を犯したって何も償いになんてならない」
僕は状況がわからず、ただひたすら混乱していた。

逃がす。
そんなの。
どうやって?
誰かに見つかりはしないか?
償い?
そんなこと償いになんて。

「逃げるんだ、此処じゃない何処かへ」
ーー“普通"に生きていける場所へ。
男はそう言って、僕に小さな巾着を渡した。
「金平糖だ。滋養がある。少なくともお前の命を伸ばす小さな糧ぐらいにはなれるはずだ……こんなものしかなかった。娘に食わせてやろうと、銭を貯めて買った。ーーでも」
俯いて、続ける。
「でも、娘はそれを知らずして、俺が殺してしまったんだ。もう、誰の口にも入ることはないだろうから」
顔を上げて、僕の目を見て、初めて優しく笑った。
こんな顔もできたのか。
そして、立ち上がって僕の頭を撫でる。
「生きろ。何処かで、ーー俺には分からないが、お前を受け入れてくれる何処かでーー誰よりも幸せになるんだ」
僕がなんと返せばいいのか迷っていると、男は裏口らしき通路を指差して言った。
「行け」
その目はもう、僕を見てはいなくて。
僕は歩き出した足を止めて、振り返る。
「……さいごに一回だけ、ききたいことがあるの」
「なんだ」
「結ーーあの女の子は、どう、なった、?」
男はさぁ、と目を背ける。
「…さぁ、俺にも分からない。殺されているかもしれないし、生きているかもしれない」
ああ。
やっぱり、僕は周りの人間を損なう。
「………そう」
聞こえるか聞こえないかの声で呟いて、僕は彼に背を向けた。


******


これ以上歩くことはできない、と思った。
ここは何処なんだろうか。今は何刻だろう?
それすらもどうでもよくなるくらい、僕は疲れていて、いつからか静かな木陰で眠りに落ちていた。
「おや」
ふいに、上から見知らぬ女の声が聞こえて、僕は重い瞼を開ける。目の前には、黒くて長い髪をした、中年の女がいた。女にしては低い声で、服装も多分、男のもの。
「おもしろい子」
そう言って手を伸ばしてくる女は、本当に、心底おもしろいとでも云うような目で、こちらを興味深く覗きこんでいる。
「……やめて、触らない、で」
僕が身を縮めると、女はふふ、と笑った。
「そう怖がることはないさ。私は怖い人間なんかじゃない。ーーあんたは、見目が綺麗だね」
急に、そんなことを言われた。
ーー結以外に、綺麗だと言った人間は、この人が初めてかもしれない。
女が何を考えているのか少しも分からず、僕が混乱していると、
「無駄なことを考えるのはおよしよ。いくら考えたところで無駄なものは無駄だ。私が誰か知りたいかい? ……私は沙月(さづき)という。まぁ、一応、楼閣の楼主をしているな」
と女ーー沙月は腕組みをして言った。
「ろう、かく」
「そうだ。どんな場所か分かるか?ーーま、知らないだろう。それでいい、今は知らなくても構わない。とりあえず、私はそこにお前を連れて行く。一日三食摂れて、布団も、屋根もあって、何しろ学問ができる。ーー私のところに来ないか」
多分、ここで女の言うことを拒めば、この先僕に生きる道はないんだろう。
答えは、ひとつしかなかった。
「…………行き、ます」
僕がそう言うと、沙月はそうか、と満足そうに笑んで、僕に背を向けてしゃがみ込んだ。
「乗れ」
乗れ、という意味が分からなくて、僕は首を傾げる。何故、沙月は僕に背を向けてしゃがんでいるのだろうか。
「のる、?」
すると沙月は面食らった顔をして、
「なんだお前、おぶられたことがないのか?……仕方ないな、まぁあのような扱いを受けていればそれも必然か」
と言って僕を背中に乗せて立ち上がった。
「……わ、」
それは、僕が知らないものだった。
いつもより高い視線。宙に浮いている感覚。ーー人の感覚。
「流石に軽いな。娘とは違うーーあまり動くのではないよ、落ちるからな」
沙月はからからと笑い、お前は目立つから、と僕に着物を被らせる。
「眠っちまいな」
ぽんぽん、と頭を撫でられて、僕は目を閉じる。

ひとって、こんなに暖かいものだったのか。
そう思ってすぐに、僕は意識を手放した。







******







「大丈夫、ですか」
抑えた声が聞こえ、ふと目を覚ますと、目の前には呉羽の姿があった。いつのまにか灯りが点けられていて、殺風景な部屋は薄明るくなっていた。
表情の豊かな彼にしては珍しく、無表情でこちらに顔を向けている。
「……いや」
「嘘ですよね」
「……」
月夜はついと目を逸らす。そのまま立ち上がり、木窓を開けた。
「夜は冷えますよ、身体に悪い」
呉羽がそう言うと、月夜は自嘲気味にくすりと微笑う。
「何を今更」
短い沈黙が続いたあと、彼は静かに口を開いた。
「……何故入ってきた」
「いえ……今日は私が見回りでしたから。お一人ずつ部屋を確認していって、最後に主の貴方のところに来たわけです。顔色もよくないですし、呼吸も浅いですし。もし意識が飛んでいたら困るなと思って。起こして申し訳ありません。出過ぎた真似を致しました。ーー何かあったのですか?」
「実を言えば何もないわけではないが、お前に言うことでもないな」
月夜はひどくつまらなそうな、感情の読めない表情をしていた。呉羽はそれをみて、はぁ、と溜息をつく。
「まぁ、教えてはくれないでしょうからね。僕は構いませんよ、それで」
「……そんなに知りたいか?」
呉羽のほうを振り返り、淡く微笑して言った。
「え、?」
「そんなに俺のことを知りたいか?」
問われた呉羽は一瞬考え込むような素振りをしたが、
「すみません。……僕が、踏み込む領域じゃ、ないですね。心配性は生来のものです」
と笑った。
「俺が此処を出るときに教えてやるよ、今まで隠していたこと一切合切」
「ふふ、ありがとうございます」
ーーそれがいつになるかは、分からないけれど。
そんなお互いが分かっているようなことは口にしない。するだけ無駄だ。
「……僕はそのときを、楽しみにしていますよ」
「楽しみに、ねぇ…」





宵闇の追憶、ーー貴女を思い出す。




あとがき
ごめんなさい(土下座)
私は一体何ヶ月放置していたのでしょう。正解は五ヶ月です。笑えませんね。しかも溜めに溜めた結果こんなにも長く。
本当に申し訳ありませんのひとことしかないです!!!!!!!!!
次も確実に放置してだらだら書くので(溜めているものがめっちゃある)、お覚悟ください(何様)。
次回も重い腰を浮かして頑張ります(腰関係ねぇ)←
あと、完全に小説が伸び悩んでおります。成長できていません。些細なことでも構いませんので、感想とともにアドバイスくださると嬉しいです。
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