ひょうし/小説を書こう
Rosaceae
作:がんえん/中学2年 女子

――Rosaceae






あ、梅だ。

下校のため校門を潜った途端、目を見開きながら玲は言った。
「もうそんな季節なんだな。」
校門付近には紅白の小さな梅の花がいくつか咲き始め少し彩られていた。
木々が葉を捨て、細々とした枝だけになった様がこの頃だいぶ目に馴染んできたのだが、花が咲き色が着くだけでこうも春の訪れを感じて高揚するものなのかと感心する。
「だなー……あーでもなー、今年は今までとは違うからなー。」
その一方で、季節は2月の終わり。高校卒業を目前に俺は切迫感を抱いていた。

「なあ、お前好きな花とかあるか?」
玲はよく意図の掴めない唐突な質問をする。
先を歩く玲は振り返りもせず俺に訊いた。その様は俺に興味があるのか無いのか見当もつかない行動だと思う。
玲に悩み事なんてあるのだろうか、と少し不貞腐れながら答える。
「……考えたこともない。」
「なんか一個くらいあんだろ。」
やたらとしつこく訊いてくるからか、俺の玲への優しさか……玲のわけのわからない質問への返答を妙に考え込んでしまう。
「…………薔薇……とか。」
「まじで?女かよ。」
振り返ったと思ったら薄ら憫笑するように言い放たれる。
「……別に、薔薇が好きなわけじゃない。」
「はぁ?どっちだよ。」
不服そうに言い、振り返っていた玲はまた前を行く。
背が高い玲は必然的に足も長くて、歩幅が俺と揃うことはそう無い。ましてや気の使えない玲から俺の歩幅に合わせることなんかあるわけがない。俺が歩幅を合わせない限り玲は俺から遠ざかってしまう。それが寂しいときが稀にあった。
「……薔薇って派手な見た目な割に棘があったりするだろう。そんなとこがお前みたいだから。」
薔薇の冷ややかな棘も美しい花弁も、全部含めてお前に似てると思う。
そう言うと先を歩いてた玲の足がピタリと止まり、驚いたようにまた振り返る。そしてにやりと悪戯な、そして満足気な笑みをこちらに向けてから
「はーん……つまり?そんな薔薇みたいな俺が好きってわけだ?」
冷やかすように言い、更に俺をまじまじと見つめてきた。
「は……、馬鹿なこと言うなよ。」
我ながらこっ恥ずかしいことを言ったものだ。玲の視線が俺に絡んでいくに連れ、じわじわ羞恥心が広がっていき、顔にまでそれが染まっていく。
「笑ってるけど、お前はなんかあるのか。好きな花。」
羞恥心を丸め込むように玲に質問返し。すると、俺の問いかけに玲の表情があからさまに明るくなった。
子供のようなその瞳に俺は惚れたのかもしれない、なんて。玲と知り合ってから俺の思考はどうにも女染みている。自分で自分が気味悪い。
「俺はね、梅好きなんよ。」
しばらく俺で留まっていた視線が逸れ、どこか遠くを見つめる玲の視線。視線が遠のいていくことに少々寂しさを感じるのは、また思考が傾いている証拠だ。
「梅……あぁ、名字が梅宮だからか?」
耳を触りながら玲ははにかみ、首を横に振った。
「まあそれもあるけど……あー……俺、さっきのお前と全く同じ事言おうとしてたんだけど……先越されちまったなぁー。」
「同じ事って、……薔薇がお前みたい、ってとこか?」
言っている裡に、少し冷めてきた頬が再度熱を持ちそうになる。
「そーそー。梅って、お前に似てると思うんよ。花は小柄なイメージだけど幹は意外としっかりしてて芯があるっつーか……」
玲の視線がゆっくりと俺に戻ってくる。どきりと嬉しさが湧いて、胸が締めつけられるようだ。
玲の視線一つで、俺はこんなにも躍らされてしまっている。馬鹿らしい。
「お前の第一印象なんて普通より少し顔の整った凡人程度だったのに、実際は予想以上に意志強くて小生意気な、たまらなく可愛い存在だからなぁ。」
わざとなのか無意識なのかわからないが、さっきの悪戯っぽいニヒルな笑みとは違う、まるで愛しいものを見つめるような、そんな優しい柔らかな笑み。
小生意気だと言われるのは決して褒められているわけではないことも知っている。寧ろ腹が立っても良いはずだ。
やはり俺は最近どうかしている。
感じた寂しさなんか忘れてしまいそうになる。そして、どうしたらいいのかわからなくなる。
愛されていると実感してしまい、先程とは比べ物にならない程の恥ずかしさが溢れてきた。
「……梅、あんま関係無いじゃないか。」
火照った頬を隠すように覆いながら言った。
「おう、結局お前が好きって話だからな。」
玲は恥ずかしさというものを知っているのだろうかと思う程淡々と話し続ける様に俺はまた動揺する。
そんな中で玲はまた耳を触っていた。

最近玲はよく耳を触る。
それはおそらく、ピアスを付けていた頃の癖が抜けずにいるのだろう。だいぶ塞がり始めた名残に若干悔悟の念に駆られる。
やっぱりピアスまだ付けていたいんじゃないか、と。
「……今更なこと、聞いていいか。」
目線を落としながら隠しきれない恥ずかしさを断ち切るように問う。
「なんだよ。『俺の事好き?』とかそーいうやつか?」
そんなわけあるかという意を込めて睨みつけ、先を歩いていた玲に追いつき歩幅を合わせた。
「その、……髪っていつから染めてるんだ?」
本当に今更だと笑いたくなるような質問だと我ながら思った。
今まで“梅宮玲はヤンキー”という固定概念のようなものに囚われていたせいなのか。然程気にしたことがなかったのは何故なのだろう。
いや、気になってもどこか訊くことを躊躇っていたのかもしれない。
躊躇っていた理由なんて恐らくその概念が尾をひいていたという単純かつ明快なものにすぎないのだが。
「んぁー、いつだっけかー……確か高一になってすぐ……くらいか?ちょいカッコつけてみたくなってよー。ピアスもそんときに開けた気がする。」

たしか、初めて玲と言葉を交わしたのは高一の夏休み。
図書室でも行こうかと学校に来てみたが結局退屈で思い立って屋上に来てみたときだった。

それまで俺にとって梅宮玲という男は極力関わりたくない分類に属した人間だった。それは十中八九、その金髪とピアス、そしていつかに偶然出くわした喫煙現場が原因なのは言うまでもない話だ。
固定概念、というよりかは第一印象を今もずるずると引き伸ばして残してしまっているようなものなのかもしれない。

「まあ、さすがに大学行ってまでヤンキーイメージつけられるのもアレだし、最近はピアス付けてないけどな。」

悪目立ちする梅宮玲と関わるのは凡人な俺にとって簡単なことではなかったし、夏休みのあの日にうっかり屋上で二人きりにならなければと考えたことも何度かあった。
そうは言っても、ここ数年で第一印象を引きずりながらも関わり始めたことから玲への印象は変わっていっていた。
当然恋仲になったこと、玲がピアスを取ったことも影響の一つである。
特に付き合い始めてから玲のことを知っていくに連れ、印象は様変わりしていった。
そのおかげで、屋上で二人きりになったからこそ今呑気に花の話なんてできるんだと考えられる。

だからこそ、玲の今の言葉に少し疑念を覚える。
それが玲の本心なのだろうかと。


お前がピアスを取ったのは俺とそういう関係になってからじゃないか。


「ってー……なんか疑ってるな?その不貞腐れたような表情は。」
ぐい、と頬を摘まれ、玲は無理矢理俺と目を合わようとする。そういうところがたまに乱暴で鬱陶しくて、ある意味玲の“素”なのかもしれない。そう思ってしまったら憎めなくなる。
「……なーに泣きそうな顔してんだよ。よく泣くよな、お前って。」
当然だ。泣きたくもなる。
やはり俺は最近どうにも女々しい。
「……実際に、嘘だろう?」
何故必要に、俺に気を使うのだ。そんな仲じゃないだろう。なんて素直なことを言えたら楽な話だ。
「お前、ピアス取ったの、未だに慣れてないし。」
付き合い始めたのは高三になってからだから、まだ時間は浅い。ピアスを取ったのは俺と恋仲になってからなのは確かであった。
とは言ってもそこまで日付等を明確に覚えているわけではないのだが。
「……なあ、初めて一緒に寝た日のこと、覚えてるか?」
俺の言葉には触れもしなければ掠りもしない返答に度肝を抜かれる。
頬から手を離したと思えば、悪気を一切感じさせない眼差しで玲は俺に訊いてきた。
そう、梅宮玲の質問は意図が掴めず、その上唐突なのだった。
「は……、何言って……」
予想もしなかった、一瞬思考が止まるほどに驚いたためか、出てきたのはあまりにも情けなく弱々しい素っ頓狂な声だった。
話が全く噛み合っていないどころかとんでもない方向へ進んでいるような気がするのは俺だけだろうか。
玲はなお質問を続ける。
「お前、俺に押し倒されたときなんつったか、覚えてるか?」

それを今考えてたんだろうが……




そこまで過去の話ではない。
行為が先か付き合い出したのが先か、乱暴なコイツだからもしかしたら行為に先走って致していたかもしれない。

告白にもお誘いにも、恐怖と成り行きというなんともロマンの欠片もない理由でOKを出した。
だが俺の人間性は軽いものではないと自負している。抵抗を忘れることも無く、事に及ぶまでにかなりの時間をかけたのは当然のこと。
俺が拒んで嫌がり逃げることが玲はついに我慢ならなくなったのか、学校の、しかも教室で押し倒されたところまでは衝撃的すぎて覚えている。だが、付き合った日の日付を覚えていないのと同じように、台詞まで覚えているほど俺の脳内容量は多くない。




「お前、俺のこと“怖い”っつったんだぞ?」

俺を見下ろす目は酷く傷心したときの涙が出そうで熱くなった、そんなときのもののように見えた。
俺達のほんの少しの隙間に沈黙が流れる。

「……怖いって、なるだろ。そんなの。」
俺の口から沈黙を破る声が震え気味に放たれる。
「は?ならねぇだろ。仮にも恋人だぞ?」
俺の声を掻き消していくように玲の声が強く、大きくなる。
「学校でそんなことするなんて誰も考えつかないはずだ。驚いたんだよ。」
「じゃあ何だ?お前、俺のことなんか怖いとしか思ってねえのかよ。」
「ちがっ……!」
二人の間の空気が停滞し、徐々に壊れてきているのが手に取るようにわかった。
俺が玲を怒らせているのも明白だし、俺の一言で玲が傷ついたのも事実だ。
「……俺は、ずっと申し訳なく思っていた。」
そして俺は、その事を謝らないような子供ではないから。
「あ?何に。」

そんなことが言いたかったわけではないのだ、と。

自分の想いが正確に伝わらないのは怖い。
でも伝えて拒絶されることをそれ以上に怖れる自分がいる。そんなことは起こらないだろうと思っていても。
「てっきり俺は、お前がピアスを付けなくなったのは俺のイメージダウンを考慮してなのかもしれないとか、自意識過剰にも程があること考えてたんだ。」
言い進めていくに連れ自分がどこまで浅ましいのかというのが顕になっていき嫌気が差してくる。が、ここで止めては元も子もない。
怒りが落ち着いてきた玲の顔をしっかりと見つめ直し、息を吸う。
「正確に言うと、驚いたってのもあるけど……俺はちゃんと言葉で通じ合いたいから……突然押し倒されたのが、俺の言葉が伝わらなくなったみたいで怖かっただけで……」
見つめ直したはいいものの、全く整理のできていない状態で話を進めてしまっている。果たしてこれで玲に俺の本心が伝わるのだろうか。
「だから……怖いっていうのはお前自身のことじゃない。……お前も、言いたいこととかあるなら、俺に変なところで気使うなよ……。」
玲は片手で顔を隠すように覆った。その理由なんて目の前にある。
玲の顔は、酷く赤かった。
「あー、じゃあ言うけど、あながち間違いじゃねーよ。イメージダウンだなんだってとこ。まあ周りってよりお前に対してってのが実際のとこだけどな。お前に初夜んとき怖いって言われたからピアス最近は取ってんだよ。まあ勘の良いお前には薄々気づかれてたみたいだけどな。」
一瞥し、わかりやすく目を逸らして
「あと、お前今だいぶかわいいこと言ってたの、気づけよ?」
更に頬を赤らめてまたニヒルに笑う。
玲に恥ずかしさなんてあるのかと思ったが、その面を見るに気恥ずかしさを感じているのだろう。
おかげでこちらまでこそばゆいものを感じる羽目になるのに。
「…………馬鹿か……」
それの倍、またはそれ以上に赤くなったであろう顔で出た一言はきっと玲を焚きつけ、煽っただけなのかもしれない。
それに、玲の言葉だけで一喜一憂してしまう俺の方がよっぽど馬鹿だ。
「それにしても、俺そんなに棘っぽいか?」
「最近はそうでもない。」
「あー、どうなんだろうな。薔薇みたいな俺って、つまりお前は怖い俺が好きなわけ?」
「そうじゃなくて……言っただろう。見た目と中身が合わないお前をもっと知りたいと思ったんだって。」
何度でも思う。
やはり自分は玲といる時どうかしていて、本当に馬鹿だ。
面映い事でも何故か口から滑り落ちるように溢れてくる。
そこには恥ずかしさを上回る、何かがあった。

「あーー、お前さ、高校卒業したら大学行くんだっけか?」
力任せに頭を掻き、こちらをじとりと見つめながら半分叫ぶように勢い強く言った。まるで恥を隠すように。払い飛ばすように。
「そうだよ。大学に近いとこで適当にひとり暮らしする。まだ住むところは決めてないけど。」
この話題は何度めだろうか……そうわからなくなる程には繰り返していた。
相手のことを気にするのはある意味当然で、共通な性分である。


「……まこ」

びくり、と震え、思考が一瞬停止した。

それは特別な呼ばれ方。
魔力でもあるのではないかと思わせる呼び方と玲の声で、まるでからだが凍りつくようだった。
今までもこれからもたった一人にしか呼ばれることがないであろうそれは、貴重なものだ。

「それならさ…………」

話を切り出す玲の顔は妙に真剣で声は少し低くなっていた

「…………え?」





俺は今でもその顔も声も、その時の驚きも、同時にこみ上げる嬉しさも、すべて覚えている。
そしてきっと忘れることはない。








あれから、何度目かの梅が咲き始める頃

「おーい、まこ?」
「あぁ、今行く。」

当然のように繋いだ手。
当然のように歩くいつもの道。
合わせてくれるようになった歩幅。


「早く帰ろう。」




来年もまた

そう言って続けて、繋げてきた、引き延ばしてきた、今

色づき始めた花に、何度でも誓う。






散らないで、と。



――END
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