ひょうし/小説を書こう
見えない姿 2
作:くっちゃむ博士/4年生 女子
二年前の5月、まい子は小学校を卒業し、中学校に入ったばかりだった。始まりはいつもの季節の変わり目の喘息だった。けれど発作が起きなくても、まい子は学校に行けなかった。学校に行くことを考えただけで息が詰まりそうだった。
ママは困った。しかし賢明だった。なだめたりすかしたり怒ったり、という無駄なエネルギーは一切使わなかった。なぜなら、もうそろそろ学校へ行った方がいいんじゃないか、とママは最初に何げなく言ったとき、まい子はママの目をじっと見て諭すように真剣に言った。
「私はもう学校へは行かない。あそこは私に苦痛を与える場でしかないの。」
ママは観念した。まい子がこういうのはよっぽどのことだから。けれど、かろうじてこう言った。
「わかったわ。じゃあ、とにかくしばらく学校を休みましょう。中学が始まって、まだ一か月のたっていないじゃないの。そんなに早く結論を出すことはないわ。きっとまだ完全に回復しきってないのよ。二週間もすれば、気力も充実して元気になるかもしれない。」
なぜ学校がまい子にとって「苦痛を与える場でしかない」のか、ママが訊こうとしなかったのは不思議だ。おそらく知るのが怖かったのだろう。ママはハーフだったせいもあって、学校というものについぞ溶け込めなかった。当時も今もこのあたりにはインターナショナル・スクールなどはない。まい子の話を聞いて、学校生活というものを追体験するのが嫌だったのかもしれない。
まい子は思った。それでもとにかく、ママは日本で大学まで卒業した。りっぱだ。なのに、私はすでに中学で座礁しようとしている⋯。
その夜、単身赴任しているパパにママが電話をかけた。まい子はベットに入っていたけれど、全身を耳のようにして身動きせず聞いていた。
「⋯ええ、喘息の発作はもうでないのだけど、学校へは行かないっていうの。⋯そう。あんまり強く叱ってもね、かえって逆効果でしょ。⋯理由?さあ。あの子はとにかく⋯。何ていうのかしら、感受性が強すぎるのね。どうで、何かで傷ついたには違いないんだろうけど。昔から扱いにくい子だったわ。生きていきにくいタイプの子よね。⋯とりあえず、田舎の母のところでゆっくりさせようと思うの。空気がいいから、喘息にもいいしね。⋯登校拒否っていう言葉は知っていたけれど、まさかねえ⋯自分の子がそうなるなんて思ってもいなかったわ。青天の霹靂ってこのことね。⋯ええ、まだそう断定するつもりはないわ、もちろん。でも優等生でずーときた子でしょう。まさかねえ⋯」それからパパの仕事を聞いている声が続いていたが、まい子にはそんなことはもうどうでもよかった。ママはもう私に誇りが持てなくなったのだ。まいこにはそれが一番つらく悲しかった。飛び出していって、「ごめんね、ママ」と謝りたかった。
けれど心の底に、「扱いにくい子」「生きていきにくいタイプの子」という言葉が、錨のように重く沈み込んでいた。まい子はそれは本当のことだと知っていた。
「認めざるをえない」
まい子は小さくうなるようにつぶやいた。この言葉は初めて使う言葉だ。まい子はちょっと大人になった気がした。
「それは認めざるをえないわ。」
まい子はもう一度つぶやいた。これですっかりこの言葉を自分のものにできた気がした。それから、学校に行くことに比べたらこんなことまだ我慢できる、と自分に言い聞かせた。それにほら、ママは「田舎の母のところでゆっくりさせ」るって言っていた。
まい子は小さいころからおばちゃんといとこのはるが大好きだった。実際、「はる、おばちゃん、大好き」と、ことあるごとに連発した。パパにもママにもそんなことは照れくさくて言えない。おばちゃんが外国の人で、そのことでかえってストレートに感情を表現できるのかもしれなかったし、はるはいとこだから。そういうとき、おばちゃんとはるはいつも微笑んで、
「アイ・ノウ」
知っていますよ、と応えるのだった。そのパターン化されたやりとりは、仲間同士の秘密の合言葉のようだった。
はるやおばちゃんと一緒に暮らせる、と思っただけで嬉しくなる。と、同時に一抹の不安もあった。「一緒に暮らす」ことは、時々「遊びに行く」ということは違う、とまい子は思った。
私の全体を知って、おばちゃんやはるはがっかりしないだろうか。ママががっかりしたように。そしておばちゃんやはる自身もまた、どこか底知れないところがあって、まい子は少し怖くもあった。
でもそれが、まいこがおばちゃんやはるにひきつけられる一つの理由でもあったのだけれど。



                                    続く
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