ひょうし/小説を書こう
空席 1
作:える/6年生 男子



周辺の喧騒に志我野は目を閉じた。
どうしても許容の出来ないそれは、着実に彼を蝕んでいく。
基より人混みを好んではいないのだ。
最も、姉のような人間だとすれば気に入る所の、志我野と彼の姉は間逆を暮らしていた。


重い瞼を上げ、辺りを見回す。


雨粒降り注ぐが如くライトが"客"を照らしている。
衝動、という名の怒号や歓喜をいっしょくたにしたような其処は、場合に取れば良い場所である。
乾いた空間に埃の舞う、年期がかる空気の感触。

「いやはや、困りましたなぁ。私はこれから行くべきがあると云うに。貴方もさぞお困りでしょう。いやはや」

いやはやを連用する隣の男はどうやら自分に話掛けている、志我野が気付いたのはほんの一分が過ぎようとした時だ。

「ええと、何処へお出掛けに?」
「私ですかな、ちょいと近くの医院を訪ねるところでね。いんや、訪ねた後であったか。いやはや、年月とは恐ろしきものぞ」

隣の男は紳士の装いで黒スーツを着こなしていた。
右脇に置かれた杖は彫の装飾が施され、青色のリボンが結ばれている。
白髪に伸ばして整えられた髭と、いやはやが特徴的な男、荒井はその日、確かに大学病院へと向かっていた。
次いで云うと、志我野も大学病院の門を潜っていた。

志我野が糸御山大学病院に向かったのは、持病であった不眠病改善のためハルシオンの補充を担当医に直談判するためだ。
普段、志我野と担当医である江田の間には仲介役が存在していた。志我野は不眠病を患っていたために外出が出来なかったし、江田は極度の面倒屋だ。患者といえども、何駅も乗り継ぎ訪問するまでの情はない。
そこで仲介役を買って出る人物がいたのだが、志我野の要求も江田の急ぎの用さえ伝達にどれだけ時間が掛かることか。
そのために志我野はわざわざ足を運ぶ羽目になった。

「どうにも、私達は閉じ込められた様ですぞ」
「閉じ込められた、ですか。不思議なことも有るもんですね」

志我野の声に荒井は驚いた顔をする。

「君は彼らのように不安にはならないのか?ほら、彼奴を見てごらんよ、恐怖のあまりに叫び出したのだね」

荒井の指差す先にはまるで気の狂ったハンプティ・ダンプティみたいな男がいた。
志我野はハンプティ・ダンプティを一瞥し、暗い目をして言う。



「僕は、此処で死んだとしても、彼らみたいに失うものが無いからでしょうね」



とめどなく溢れる叫びのなか、志我野の声は澄んだまま荒井の鼓膜を震わせた。


その後、志我野と荒井はそれ以上語ることをしなかった。

場所も知れず、動機すら不明の、不特定な人物が野賜るこの密室で生きて残る術を、ただひたすらに模索していたのだ。









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