ひょうし/小説を書こう
月と僕と。
作:天月/中学1年 男子
ひーさん、申し訳ありません。作ったまま投稿してちませんでした。前記の通り審査対象外でよろしいので、ただ作ったまま投稿しないっていうのはなんか気持ち悪いので投稿させていただきます。
あと神話をモチーフにしたので、一応この世のものではない、ということでお願いします。

本編へどうぞ。

「結局あの人は一度も私を求めなかったわね」
 アプロディテは寝椅子にうつぶせになってねそべり、組んだ腕に頭を置いてどこか拗ねたような口振りで呟いた。彼女のために造られた豪奢な屋敷の、きらびやかな装飾に溢れたなかで、それらとは対照的に彼女の寝室は意外なほど簡素なものだった。眠るときくらいは落ち着きを持ったほうがいいだろうよ、と屋敷を案内しながらぶっきらぼうに言い捨てていった男の背が思い浮かぶ。
 慈愛であれ親愛であれ恋情であれ肉欲であれ、「愛」であるといえる感情は彼女に属するものだ。愛は彼女の一部でありすべてである。そして彼女は、彼から「愛」を感じ取ったことはなかった。決して冷たい男ではなかったが、愛の女神が、もっとも愛されるべき存在が、彼女をもっとも愛しているはずの存在から愛を向けられていないというのはなんとも皮肉なものだった。しかしそれも今となっては、笑い話の一つにでもなってしまっていることだろう。夫を裏切った妻と兄を蔑ろにした弟には似合いの罰であるだろうと、美しいかんばせが歪む。
「私を妻に、なんて望んだくせにさ」
 部屋の片隅でアレスがくつくつと笑った。磨きあげられたシンプルな椅子に腰掛け、揃いの机に突っ伏している。「なんて顔だ」と彼が呟いたのが聞こえ、アプロディテはかっと頬を染めた。
「美の女神の美しからざる姿が見られて満足? なら教えてあげるけど、面白かったわあ、あの時のあんたの情けない姿!」
 神々の前にさらされたときを持ち出してきて、八つ当たりのようなものだと彼女自身も分かってはいたのだが、アプロディテはその勝ち気な性格から他人に笑われることを我慢することができない。アレスとの不義が発覚してからというもの、身から出た錆とお互いに笑い合いながらも彼女の精神は不安定になっていた。アレスと会うということは恥の上塗りであると思ってはいても、傷を舐め合えるのは彼だけであり、アレスを呼びつけたり彼女の方から彼のもとへ訪れたりということを発作的に行っていたのだった。
そのアレスから失笑を買うなどということがアプロディテに許せるはずもない。
「いや、わるい、あんまり兄貴が誤解されているものだからなあ」
「誤解ですって? 私がなにを考え違いしてるというのかしら。ご教授願いたいものね」
 剣呑なアプロディテの様子に、困ったもんだとアレスは笑った。
「兄貴にとっちゃ、あんたも母上も同じなんだよ」
「母親だと思われてるの、私?」
「あ? ああ、いや、そうじゃない。そうじゃなくてな」
 朴念仁で唐変木で鈍感なあの男が、そうと自覚する前から恋い慕っていた。アレスは全てを知っている。彼が兄だと知る前から、自身が弟だと知る前から、彼とは関わりがあったのだから。
 それはそれは美しい女神を見たのだとはにかんでいた。再び出会ったのだと興奮した面持ちでまくしたてていた。そしてその女神の素性を知り、その感情を自覚して、失意に打ちのめされていた。それからしばらくしてのことだった、彼がオリュンポスの神々の前に、その生まれを語り現れたのは。
「兄貴にとって母上は憧れだ。欲しくて仕方がないのに、当の本人はそれが怖くて手を伸ばせない。……少なくとも、そういう時期があった」
 自身の親を語るとき、美しい女神について語るとき、彼は陶然としながらも不安に揺れていた。育ての親には感謝している、実の母などどうでもいいと言いながらもその手は何かを堪えるように固く握られていた。あの美しさは見たり思い出したりするだけで十分だと笑ってはいたが、ではなぜ彼女について繰り返しアレスに尋ね調べていたというのか。
 彼女が誰だか知ったときの、彼の叫びをアレスは覚えている。どうして俺ではないのだ。どうして俺はまた選ばれないのだ。短く刈り込まれた頭を抱えて、彼はめちゃくちゃになった工房でたくましい身体が小さく見えるほどにうちひしがれ座り込んでいた。
「あいつはな、あんたが欲しくて、母上の子だと認めさせたんだ」
 母を欲して、アプロディテを欲して、だからこそ彼は自身のものとすることはできなかった。ヘラは彼を息子と認めたが、だからといって注がれなかった愛が成長しきった彼のものになることはない。彼が望んだ愛は、彼が母から与えられるべき時に与えられなければなんの意味もないものだった。
 彼の「愛」は彼女を飾り立てる作品を産み出すことに向けられた。彼が示せるものはそれだけだった。彼は直接に伝えるということができなかった。だからこそ求めた女神に愛を返されなかった。
「あの馬鹿はあんたのことを愛してたさ。今もな」
 彼がアプロディテを愛さないなどということが起きようはずがない。少なくともアレスはそう思っている。彼女のことを語るときのヘパイストスの声は、表情は、瞳は、この上なく輝いていたのだ。
「し……知らないわ、そんなの、聞いてない。あの人、そんなこと一言も」
「言えるものか、ヘパイストスが。俺の兄が。認められなかった息子が。……なあ」
 分かってくれるか?
 アレスの瞳がまっすぐアプロディテに向けられる。その表情はかつてヘパイストスが見せたものとよく似ていた。ひどく苦しそうで、居心地の悪そうな面差し。アプロディテはヘパイストスによく思われていないからなのだと認識していたけれども、それだけではないということがようやく分かった。彼らは乞うていたのだった。しかし、本来求めるべき相手は目の前にいる者では本当はないのだと理解しているからこそその表情を浮かべる。アプロディテから向けられたい感情は同じ名前ではあっても異なるものだと、他ならぬ彼ら自身が知っていた。
 思考に耽る中、アプロディテの胸中に疑念がわき起こる。ヘパイストスがアプロディテにヘラの愛を求めたのなら、目の前にいるこの男は、誰からの愛を求めたのだろう、ヘラの愛が得られないということは兄を見ていてわかっただろうに。単純にアプロディテを欲していたのなら、もっとはっきりと行動する男であるはずだ。それに、そうであるのならどうしてそんな表情をするというのだろう。彼が愛を向けられたいのは、あるいは向けたいのは、誰なのだろう。そんなことは彼に聞くまでもなくわかっていた。父からも母からも、彼は貪欲なまでに欲している。そしてその二人よりももっと求めてやまない、あの誇り高き知恵の女神。単純な愛とはほど遠く色々なものが絡み合ってしまった、それでもアプロディテの司る「愛」だ。
 アプロディテは大きく息を吐き出した。愛を与えるのも与えられるのも好きだけれども、彼女自身を求めているわけではないということが腹立たしいわけではないけれども、自身の巻き込まれた問題の大きさにめまいすら覚えた。なんと単純で、なんと厄介なことだろうか。
「あーあ、なんて面倒な兄弟なのかしらね!」
「どうしてそうなる、俺の言いたいことを分かっているのか……?」
「分かってる分かってる。ねえ、そう、ヘパイストスのところに行きましょう。あなたの大事な兄弟なんでしょう?」
 寝椅子から立ち上がり、アレスの手を無理矢理ひっぱって部屋から出ようとするアプロディテにアレスは怒鳴る。このきかんぼうをどう説得して、そのあとあの頑固者にどう謝ろうかと考えアプロディテはくすくすと笑った。彼らの望むものとは異なっても、彼女は彼女の愛を与えようと決めたのだ。
空になった部屋には、強い日差しが射し込んでいた。



おなまえはハンドルネームでいいです。
ID
パスワード 
ハンドルネームの後に(本人)をつける つけない
 ログインすると、IDなどが自動的に入ります。
お名前 
男女 女の子  男の子
学年 1年生  2年生  3年生  4年生  5年生  6年生
ようちえん  中学1年  中学2年  中学3年  大人
かんそう