ひょうし/小説を書こう
人という雨拍子。
作:藍和/中学1年 女子


 薄暗く染まった街に滴が落ちる。
 白と黒のコントラストに透過したその滴は薄氷のように地面を包んだ。
 雨は世界を叩き、音をたてる。
 曇り空と、その向こう側にある雨を、彼は愛していた。


 窓の内側から外を眺めると下校途中の少年達が黒と青のランドセルを背負い、黄色い傘を振り回していた。
 淡路には少年たちの背中にぶら下がるランドセルが罪作りな親の期待に見えて、可哀想にと目を瞑った。
 目を瞑ることで脳裏に映し出された光景は、何時かの夢で見たそれその物。
 耳に入ってくる子供たちの叫び声を直視せず、空想に耽る。ただそれだけのことに、日々を捧げる。


 淡路は高層ビルの屋上に居た。一人だった。
 その一瞬だけは、一人だった。
 家の中で窓越しに見えるビルの屋上に立って、見ていた。最近で一番気に入りの光景。気に入りの夢。
 空から人が降ってくる、という非日常的連鎖の快感。
 雲の奥から突然現れた彼らは黒いスーツに身を包み心臓を通って全身に送られた鮮血をコンクリートに撒き散らしていく。コンクリートだけではない。あの緑色の家の屋根。あの青色のマンションにずり落ち、ある者の片眼はきっと職を失っている。
 一瞬の躊躇いもない。そう、無いのだ。雨のように躊躇もなく降り続ける人間たちは後悔の影を見せない。
 恐怖が心を埋め尽くす? そんなことはない。
 淡路の心中、ど真中で渦巻く感情は恐怖でも哀愁でもなく、歓喜と呼ばれるもの。
「綺麗、だなぁ」


 冷やかに背を吹き行く風に眼を冷ます。
 すると、自分が誰だか一瞬だけ判らなくなって、僕は記憶を辿る。一番最初、頭の中にひょっこり顔を出したのは降り続く人という名の雨だった。黒いカラスみたいな点々が雲から足を滑らせたような情景。
 一番大好きな夢。大好きな妄想。現実の鏡映し。
「巳影ぇ。虫やだぁ」
 隣の部屋から聞こえてきた声に驚いて立ち上がり、声の聞こえた扉を開ける。そこには四肢のもがれた子供が一人。まだ愛らしさの残る少年だった。
「ね、巳影。虫あっち!」
 両手両足の無い彼にとって天敵であるその飛行物体は彼の右手があったはずの、くっついて居たはずの辺りに留まって卵を産み落とそうと力んでいるところだった。
 不安な顔が僕を見下げている。
 途端にそれが怖くなって伸ばした手が固まってしまう。
 彼はどうして、ここにいるのだろうか?
 巳影とは自分のことだと判った。
 ここはきっと僕の家だ。
 ならば、何故彼はここにいる?
 四肢をもがれて、何故ここに座っている?
「巳影、取ってよ」
「あ、うん……ごめん」
 葡萄酒色の手触りのいいソファの横側に腰掛け、彼の腕に屯していた蠅を追い払う。またこんなことがあってはと包帯を赤色の肉が覗く場所に包帯を巻く。
「…ありがと」
「うん、大丈夫」
 他愛もない会話で濁した空間に居座るのは疲れてしまって、なんやかんやで誤魔化しては外へ出た。
 鍵を取って、閉めて。
 外へ。


 急に降りだした雨は僕の肩を黒く塗らす。
 本を片手に歩いていた彼は、サッカーボールを抱き締めて走り去る少年に眼を向けた。
 瞳は少年にへばりついたまま離れない。
 凶器曲がりの執着は少年の夢を奪うことになる。
 彼の記憶はそこで途切れる。
 次に見たものは、四肢を失った少年の姿だった。


 眼を覚ました。
 一瞬だけ自分が誰だか判らなくなって、空を見て、思い出した。淡路巳影だ。
 変な夢を見ていた。町の真ん中で歩きながら、頭の中で映像が流れだしていた。脳内映画館だな。
 夢の中で、四肢を失った少年を見た。
 それは葡萄酒色のソファに腰かけた少年を思い出してしまってならない。
 家に居た少年に読んできかせようと本屋で買った人気作家の短編小説を鞄に詰め、家に走った。
 もしかすると僕は、少年の夢を奪ってしまったのかもしれない。


 家には数十分で辿り着く。
 鍵を開けて、置いた。
「ただいま」
 彼の居た部屋に転がりこんだ。
「わあ、巳影ぇ。どうしたの?」
 窓にはぽたりぽたりと水滴が落ちている。
「僕は、君の将来を……奪ったのかな」
 泣いてしまいそうだ。
 その一言に、僕が殺されてしまう。
 少年は浮かべていた微笑みをほっぽり棄てて「そうだね」と言った。
「ぼくねぇ、サッカー選手になりたかったの。もうサッカーも出来ないけど…昔はスゴかったんだから!」
 彼は昔のことをあまり覚えていないようだった。
 僕が彼の四肢を奪ったこと。
 こうして自由を奪っていること、彼は逆に、楽しんでいるようだった。


 少年は笑って、彼は泣く。
 膝をついて、少年に謝る。
 少年はよくわかっていないようだった。
 彼もきっと、何一つ覚えていない。
 夢とは揺らぎだ。
 日常の、些細な一瞬から連想される揺らぎ。
 それを夢として映し出すことで、現実を笑っている。
 丸めて、ゴミ箱へ投げ捨てている。
 そんな世界で生きて行かねばならない。
 彼の意識は薄く、白へ変わっていった。


 目が覚めて、一瞬自分が判らなくなった。
 独り暮らしの薄暗いアパート。
 静けさに包まれていて、
 少し、寂しかった。
 

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