ひょうし/小説を書こう
殺人教材
作:藍和/6年生 女子
 彼は桜吹雪と軽く、儚く、紛れるように空を飛んでいた。
米澤は錯覚だろうと三日間の夜勤と花粉で殆ど使い物にならなくなった目を擦る。
 その体は宙を滑り、まるでスロー再生のようにゆっくりと落下して行った。それは米澤の脳が状況を飲み込めて居ない故のことであって、彼の落下速度は正常だ。
「……おい!!」
金縛りのように固まり指揮を受け付けなかった体が自我を取り戻した。踏み出した足は軽く、まるで自分が鳥になったような錯覚を得る。
 それは言わば、白兎の奇妙な美しさに魅了されたアリスのように。
落下速度を緩めてはくれない兎めがけて突っ込んでいく。
 彼の姿は目前に迫り、そして…。

押し倒されるように転んだ。
米澤は羞恥心で顔を赤らめる。二十代も後半に差し掛かる男が公園の、無垢で無邪気な子供達の前で無様に転んだのである。天使達が玩具と見ないわけがない。
「おにーちゃん転んだぁー」
「ダサーい。あははっ」
それまでならまだ良かった。しかしこの時期が時期でお花見シーズン。行楽の季節である。家族連れが多い。周辺の人々が生暖かい目でこちらを見ていた。
「はぁーもう恥ずかしい。君、何なんだよもう……あんなところから…」
 きょとんと首をかしげた幼げな印象と垂れた両目が穏やかな青年は「大丈夫?」とでも言いたげに眉を八の字にした。
「えっと……君は大丈夫?」
「はい。迷惑をおかけして、申し訳ありません」
そこまで言うと青年はにこりと笑った。一人で苛々していた自分が嫌になってしまいそうだ。
「お兄さんは……大丈夫……です?」
「え?」
消えてしまいそうな程小さな声は頭の上から降ってきた。降ってきたのは透けた声だけではなく、彼自身が。
 肩の中で小さな寝息を溢す青年を抱き上げ、更なる羞恥心に押し潰されぬよう米澤は言葉通りそそくさと公園を立ち去って行った。



過去:enigma

 ビルの立ち並ぶ都会。高架下。黒に染まった世界に所々点滅する光は希望にも見え絶望にも見えた。
火南は痛む脇腹を押さえながら壁にもたれると、隣の久我もそれに倣う。しかし久我はへたりとしゃがみこんでしまった。
『で、兄さん方はこの子の命に何億賭ける?』
 ピエロは面の裏で薄く笑いデザートイーグルをくるくると弄ぶ。その声は酷く単調な機械音声を聞いているように冷たく、無駄な感情が籠っていない。
『何…億って』
 久我の震えた声が耳に入る。
『…エトさん』
命を賭けられた少女は力無く項垂れ、壊れたのか小さな笑い声を溢す。
 隣から嘆くような同期の声が聞こえた気がしたが、火南の思考は既に考えることをしなくなっていた。

 思っていたのは随分と昔のこと。
 黒板に向かって何かを書く教師は自分に向かって言った。そう思うのは、橙に彩られた教室に自分以外の人間が存在しないからである。
『人の命って、何れぐらいの価値があると思う?』
 その一言には悪意が籠っているような気がしてならなかった。
 だから、[あえて]こう返してやった。
『百均で売ってる、雑巾ぐらいの価値だと』
すると教師の右手は頬めがけてすっとんで来た。
『……動物の変死体。アンタでしょ』
『違います』
動物を殺した覚えは無い。
死体を見た記憶はある。

その惨めな小動物と目の前の少女が重なって、首筋に嫌な汗が伝った。

 教師の姿が消え目に映ったのは、頭に穴の空いた少女と彼女のものと思われる飛び散った脳奬。

 近付いたピエロの顔。
 香る鉄と煙の臭い。
 
同期の悲痛な叫び声が、耳に絡まって離れなかった。
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