ひょうし/自由掲示版
1月9日15時15分/No.1458
ひーさん、話したいです。
※この掲示板(けいじばん)は、新しい発言は下に追加されていきます。 
もうすぐ三年生からやってきた受験勉強が終わってしまう。県立の一次試験通った時は嬉しかったけど、淋しかった。勉強は嫌いだし、成績も国語に頼り切ってそこそこに引っかかて来た。
終わるんだな、って思うと淋しい。というより今、何となく喪失感。受験が終わったらやりたいこともたくさんあるし、勉強は嫌いだし、睡眠時間削られるのも勘弁だけど。
私って結局やらないといけないことが沢山あって忙しいという楽に逃げてきたのかもしれない。義務があるという楽に。受験が終わった時、私がどうなるのかわからない。受験のおかげで仲良くなった友達は話すことなくなってさっさと手放していくのだろう。私とは違ってボッチじゃないから。ただ騒ぎ立ててうるさくすることをストレスの逃げ場にしてきたから、ストレスが亡くなった瞬間私がいくつの物を失うのか、得るのかわからない。でも、受験しなければよかったなんで、たとえ全滅しても言わない。後悔はしないって思ってる。でも、私はわからないな。弱いから算数からもかなり逃げてきて、過去問もろくにやらなかった。でも今は確かに受験まで後11日で、そこから4日間と27日に入試が合って、滑り止めは4回連続で80%出てる。不思議。
学校には友達がいなくて、ただ無意味に叫んでるか本を読んでるか、何とか退屈な授業を減らそうと躍起になってるのにも嫌気がさした。正直に言ってしまうと担任は受験のレベルこれっぽちも理解してないし、国語力が無さすぎる。ねこぴーにいる方の方が多分国語得意だぞ。悲しすぎるでしょ。
あいつに見送られて卒業するなんて絶対に嫌だ。勘違いして生徒を怒って無関係者が廊下に追い出されるなんて嫌だ。
そんな馬鹿な人がいない私立中。そこに価値を見出すなんてしたくないからしないけど、(あいつに価値ないけど)私立を受ける理由が分からない。3年生のころからわかってなかった気がする。
教えてなんていわない。ただ唯一の近くにいる中学受験経験者にこぼしたかっただけです。すみません。
今年もよろしくお願いします。

狛羽/6年生 女子/1月9日15時34分/No.1458-1 削除
〜担任那須(仮名)の失態(笑)〜
1.正月祭りでやる遊びのルール説明をしていた時ですねw
正月祭り実行委員「正直正月特訓のメンバー忘れたって人いますか」
皆「はーい」
ここでほぼ全員が元気よく手を上げるあたりこのクラス。←悲しい
実行委員「家にメンバー書いた紙があるので、明日言います」
それで終わったんですよ、話は。
那須「はい、じゃあいいかな。メンバーは『みんな』家に有るんだよね?」
私「・・・(こいつは話の流れでわからないのか?)」
私の隣「馬鹿なの?!」
2.新年あけまして。
まだおめでとうとは言いません。
那須「明けましておめでとうございます」
皆「おめでとうございます」
適当でも返事するだけ偉いと思う。私しないもん。←
那須「さっきの集会(全校朝会後に学年集会で「どんな卒業式にしたいか」を話された)で発表しない人はなんでかな。意見はあるんでしょ?」
面倒だからですけど何か。発表する必要性が見当たらない。
那須「一人ひとり発表して」
で、何ゆえかランダムに指していくんだよ。


狛羽/6年生 女子/1月9日15時48分/No.1458-2 削除
こんにちは。ひーです。返信が遅れて申し訳ありませんでした。なにぶんテストがあったもので…。
なるほど……私はのらりくらりと過ごしていたらいつのまにか受験でした、というような阿呆ですからあまり難しいことは言えませんが、すみません。

まず、受験をし終わったあとに何が残るのか?という疑問についてお答えしていけばいいのでしょうか。
いきなり言ってしまうと、私は塾というものに行ったことがありません。春季講習一回と、模試のみで受験しました。春季講習だけしか行かなかったのは、その講習を受けた結果、自分の何かが変わった、成長したという感じがしなかったからです。要は、塾や講習に行かなくても、工夫して勉強をすれば多少の難関校は合格できる、というわけです。
そんなことは置いておきましょう。
受験をし終わったあとに何が残るのか。
どうなのでしょう。正直、私も分かりません。ですが、これだけは確かです。

受験をするーー受験の為に努力するということは、たとえ落ちようと落ちまいと、いずれ貴女の役に立ちます。

そんな綺麗事を聞きたいわけじゃない、と思われるかもしれません。ですが、努力したことは貴女の成長の糧になっています。
直接的な解答ではないことは、私も書いていてよく分かっています。すみません。

少し、私の体験というか私がそう思う理由についてお話ししておきましょう。
私が、クラシックバレエを習っていたのはご存知ですか。受験やハイレベルクラスについていけなくなったことなどを理由に、一昨年8月の発表会をキリに辞めました。4歳の頃から8年間続けてきたものですから、辞めるという決断をするのもとても悩みましたし、私が一番思ったのは、『今ここで私がバレエを辞めたら、私には何が残るの?それはいい決断なの?忙しい生活から離れて、私は幸せなの?』というようなことです。私自身、親に言うよりずっと前に辞める潮時はいつだろうと考えてはいました。ですが、やっぱり目前のこととして考えると、やはり思い悩みました。だって、バレエは幼い頃から私の日常の一部であり、毎日行くのが“当たり前"であり、私を形成する一部であり、唯一の強みでもあり、そして何より生き甲斐でしたから。
結局それから一年ほど続けて辞めるのですが、私はバレエを習っていたことを少しも後悔していません。全く、後悔していません。私はバレエで多くのことを学びました。良い姿勢。先輩への態度、礼儀。人前での発表のコツ、慣れ。先輩からもとても沢山の学びを頂いたと思います。なにせ、私が受験をしようと決めたのは憧れの先輩のようになりたかったからです。
その先輩は、私にはとても素晴らしくて、美しくて、ひたすらひたすら、私はその人に憧れ、目標にしていました。幼い頃は只々あの人に私はなりたいんだ、という信念だけでよかったのですが、ものを理解する齢になれば、あんな風に私はなれない、あんな才能はない、意気地もない、と心のどこかでは理解しはじめます。『お前にはなれない。不可能だ』という冷めた私も中にいました。それでも私は、バレエを辞める最後まで、あの人になりたいと、少なからず思っていました。

長くて面倒な話です。それに、受験とバレエを辞めることとは、ことの重大さは雲泥の差かと思います。ですが、やっぱり根本は同じなのではと思うのですが、どうでしょうか。
バレエをやっていたことを後悔なんてしていません。これっぽっちも。寧ろ、人生を続けていく上で重要であることを本当に沢山学ばせてもらいました。バレエをやっていた8年間は、今でも私の大事な思い出であり、経験値であり、私を形成する一部です。

やっぱり、受験ってなんでするの?と言ってしまえば、難しい話になります。ですが、自分で決めたことは自分でやる。責任はすべて貴女の背中です。後悔なんてしてはいけませんよ。(親から言われて受験した、という様子が見られないので自ら受験されたという前提で話しています。もし前者であれば失礼なことを言っています、私は。すみません)
受験というのは、多くの人間を蹴り落として自分が上に立つ、ことです。言い方は悪いかもしれません。ですが、そういうものなのです。蹴り落とさなければ、自分が蹴り落とされますから。私だって、滑り止めは同学年の女子を200人、第一志望は180人、蹴落としてきました。私よりもっとずっと努力して、勉強しても受からなかった子も、その中には本当に多くいることでしょう。分かっています。
要は選ばれた人間なんです。
押し付けがましい言い方ですが、自分で望んで受験して後悔するというのは失礼です。

でも、狛羽さんは賢い方です。受かったとき、簡単に後悔してはならないことくらい、もう周知の事実でしょう。


国語力・算数力について。
私も、同じです。小学校ではオールマイティな成績だったのですが、今は完璧に英語と国語に頼る文系の人間ですよ。その二教科がなければ、私は学年の末端にいるでしょう。貴女の気持ち、痛いほどよく分かります。本当に。
ですが、もうそこは頑張って踏ん張って、地道に努力するしかないのです。
まだ道はあります。私の恩師はよく仰るのですが、文系か理系か、決めるのは早すぎます。今苦手だとしても、これから伸びるかもしれない。最初から私はこうだ、と固定概念をもってはいけない、原石を曇らせてはいけない、と。私がまさに固定概念の塊のような人間ですので、この言葉はとても考えさせられました。
努力は裏切りません。
ベタな言葉ですが、勉強に於いては、努力は裏切りません。絶対に。遅かれ早かれ、絶対に貴女の力になっています。
努力を惜しんだほうが負けです。



長々とわけの分からないことを宣ってしまい、申し訳ありませんでした。私も自分で結局なにが言いたいんだ私……となっています(汗)。
でもこの意味不明の長文から、ほんの少しでも、貴女の心に届くものがあれば幸いです。


大丈夫。
大丈夫です。貴女ならできます。私は信じています。

こんな私でもいいのなら、いつでも頼ってください。できる限り協力します。



そしていつまでも、私は貴女を応援しています。


ひー/中1 女子/1月11日21時6分/No.1458-3 削除