ひょうし/自由掲示版
11月12日16時55分/No.1285
『アクアマリンと深夜2時』はバルーン様の「メーベル」のバッドエンド(?)イメージで書いてました。
怠惰。愛情。夫婦。停滞期。不幸。幸福。深夜の独り。嘘と虚偽。ホントウとウソ。

私的に気に入ってます、上手く書けたかは別として。なんか、ああいう欠損のある人間を書くのが好きです。多分中で語ります。暇な方はぜひぜひ。
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持論注意。


なんていうのかな、不可能があって、不得手があって、人間的欠損があって、短所があって、汚い人間を書くのが好きなんですよ。寧ろ、なんでもできちゃう、人間的にも素晴らしい人間って、書けるけど書きたくない。
まぁ要はクズを書くのが好きってことなのかな。底辺やら下級の人間を、人間くさく書きたいと思ってますね、常日頃。
例えば今回だったら、結婚したけど結局お互いを愛せなかった夫婦。それでも愛が欲しい妻。愛も注げない夫。お互いに愛してみたいけど、愛せない。シアワセの形にアクアマリンのピアスがあったけど、それすら普通に道に転がってる石にしか見えない。ゴミ箱行き。愛するってなんだろうか。
解ってるつもりで、解ってない人間?
人間って必ずどこかに欠損があるじゃないですか。そこらへんを、上手く、人間くさく、汚く書けるようになりたいです。人間ってみんな汚いんです。そこをリアリティをもって描写したい。

ひー/中1 女子/11月12日17時4分/No.1285-1 削除

教室の隅で、独りで本を読んでいる秀才少女。
こいつにも欠点欠損があって、彼女なりのドラマがある。それが面白いにしろ面白くないにしろ。
道でなんとなーくすれ違う人。
この人にも欠点欠損があって、その人なりのドラマがある。

ちょっと関連づけて。
宮部みゆきの「英雄の書」を読みました。すごく面白くて、深くて、素敵な物語でした。
そこで、要約すると下のようになる言葉が、何度も出てきました。
「人間は物語を作る。故意的に綴る。でも、人間が生きること、そして歴史。これらもすべて物語だ。フィクションノンフィクションに関係ない。人間が生きることそのものが物語である。」
ああ、なるほど。
そう感じましたね。すごく心に深く入った言葉でした。歴史も物語、ドラマ。でも、人間が生きることそのものも、物語でドラマなんですよね。そういうことをしっかり書けるようになりたいとはずっと前から思ってましたが、改めて実感させてもらいました。

ひー/中1 女子/11月12日17時38分/No.1285-2 削除